はじめに|頼れる親族なしでの闘病記録

人生は、ときどき思いもよらない形で、その進む道を書き換えてしまうことがあります。

私の場合、その出来事はオーストラリアでの生活の中で起こりました。
2015年、当時アラサー。

ワーキングホリデーで滞在していた異国の地で、がん宣告を受けたのです。

複雑な家庭環境で育ったため、頼れる家族がいるわけでもなく、これからどう生きていけばいいのか。
帰国して治療を受けることを決めたとき、明るい未来は見えていませんでした。

それでも私は、手術や抗がん剤、入退院を繰り返しながら、10年経過した今日も生きています。

これまで支えてくれたのは、医療従事者の方々や友人たちの存在でした。

家族ではなくても、家族のように寄り添ってくれる人がいたからこそ、私は治療を続けることができたのだと思います。


この記録について

このブログは、私が経験した闘病の日々を振り返る記録です。

同じように病気と向き合っている方、
そして、そのそばで患者を支えている医療従事者の方へ。

あの時の私が感じていたこと、迷ったこと、乗り越えてきた時間を、できるだけ正直な言葉で残していきたいと思っています。

この物語が、どこかで誰かの心にそっと寄り添うものになれば嬉しく思います。


このブログで書いていくこと

この闘病記では、次のような出来事を書いていきます。

・海外で突然がんを宣告されたときのこと
・帰国後に始まった治療と生活
・働きながらの治療の現実
・抗がん剤の苦しさと心の揺れ
・支えてくれた人たちのこと
・十年後の今、振り返って思うこと

決して特別な人間の話ではありません。
ただ、一人の女性が病気と向き合いながら生きてきた記録です。


読み方

この闘病記は、専門用語をできるだけ使わず、誰でも読みやすい言葉で書いています。

第一章から第六章までは、がんの宣告から治療までの流れを、できるだけ淡々と記録しています。
当時の出来事や、そのとき感じていたことを、時間の流れに沿って振り返っていく形です。

ただ、闘病の時間は決して苦しいことばかりではありませんでした。

思いがけず少し笑ってしまった出来事
どうしても受け入れることができなかった出来事
抗がん剤治療の中で工夫していたファッションの話なども、ところどころで触れていく予定です。

重くなりすぎず、それでも現実から目をそらさない。
そんな記録として、この闘病の時間を書き残していきたいと思っています。

※記事にアップしているのは全て私が描いたイラスト・写真です。

↑闘病中の写真や日記をまとめたアルバム