抗がん剤が終わった12月2日
抗がん剤が始まったのは六月。
そして終わったのは十二月だった。
半年という時間は、カレンダーの上ではそれほど長くない。
けれど、私にとってはとても長い時間だった。
最後の点滴が終わったとき、
胸の奥に広がった気持ちを、うまく言葉にすることはできない。
ただ、確かにそこには解放感があった。
「よく頑張ったな」
誰かに言われたわけではない。
自分の中で、静かにそう思った。
信じられないくらい、よく耐えてきたと思った。
抗がん剤の期間、私は決して強い患者ではなかった。
泣きながら看護師さんを呼んだ日もある。
反対に、
「今日はもう声をかけないでほしい」
と、突き放すようなことを言ってしまった日もあった。
それでも看護師さんたちは、変わらずそばにいてくれた。
覚悟して迎えた二度目の手術
抗がん剤が終わったあと、二度目の手術が待っていた。
不思議なことに、そのときはもう
「怖い」という感情はあまりなかった。
恐怖というより、覚悟だった。
ここまで来たのだから、
もうやるしかない。
そんな静かな決意だけがあった。
入院病棟の看護師『西野さん』
入院生活の中で、忘れられない人がいる。
看護師の西野さんだ。
二十代前半の、笑顔の明るい人だった。
ナースコールをすると大抵西野さんが部屋が来てくれた。
そして不思議なことに、西野さんは
まるで友達のようによく恋愛話をしてくれた。
当時の私なら、人の恋愛の話など聞く心の余裕などなかったし、
むしろ外見が変わってしまった自分にとっては
妬みの気持ちだって湧いてもおかしくはないのに
なんとも不思議な時間だった。
でも、その時間がとても好きだった。
背中をずっと撫でてくれた深夜のこと
夜になると、どうしても不安が大きくなる。
呼吸がうまくできていないような気がして、
ナースコールを押した。
呼吸はできているはずなのに胸が苦しい。
頭ではわかっているのに、怖くなる。
そんな時、西野さんはすぐに来てくれた。
「しんどいですよね。でももう大丈夫ですからね」
そう言いながら、
背中をずっと撫でてくれる。同じリズムでゆっくりと優しく。
「大丈夫。さつきさん、ちゃんと呼吸できてますからね」
その声を聞きながら、
私はまるで小さな子供のように安心していた。
西野さんは夜勤明けによく部屋へ来てくれた。
「疲れていませんか?」
と私が聞くと、西野さんは笑った。
そして、こう言った。
「疲れてるかもしれないけど、
まっすぐ帰るより、さつきさんと話してるほうが楽しいから、どうしても来てしまうんですよ~」
その言葉を聞いたとき、
胸の奥がじんわり温かくなった。
いつの間にか、私を覚えてくれた医療従事者
この病院には、温かい人が多かった。
ある日、受付の前を通ったときだった。
「さつきさん、今日は顔色いいですね」
そう声をかけられた。
私は恥ずかしながら、その方の事を覚えていなかった。
でも、その人は私のことを覚えてくれていた。
「さつきさん」と名前まで呼んでくれて、私は一人ではないんだと実感した。
こうして私が気が付かなかったところでも、
気にかけてくれるひとがいることに、陽だまりのようなあたたかさを感じた。

少しずつ戻ってきた心
治療も手術も、本当に地獄のようだった。
体も、心も、
もう限界だと思うことは何度もあった。
それでも、不思議なことに
時間が経つにつれて心は少しずつ穏やかになっていった。
ある日、ふと気づいた。
「生きていたいな」
心から、そう思っている自分がいた。
それは大きな決意ではなく、
とても静かな気持ちだった。
ただ、
生きていたい。
そう思えた。
もし、いつか
「もう再発はありません」
そう言われる日が来たら。
そのときは、この病院に戻ってこようと思った。
そして、支えてくれた人たちに
きちんとお礼を言いたい。
そんなことを、ぼんやりと考えていた。

